人生いろいろ、何でも見てやろう、やってやろうの精神で、気の向くまま、思いつくままの、気ままな自己雑記帳
現在、この本を読んでいる。

 
Hack#16に「盲点を探す」という章があるのだが、
 先日、安全運転管理者講習会に参加したとき、講師の一人が、人間の視機能に関する説明の中で、盲点の簡単な実験を実施した。

 このHackで紹介されている実験と全く同じであったが、会場では感動している人が多かった。自分の家族にこの実験を紹介したら、感動していたので、ここでも紹介しておこう。

人間(自分)の不思議を一瞬でも体感できる。
これは盲点なので、知覚していて見えなかったのではなくて、知覚できないのだそうだ。
このように完璧に思える人間でも、欠点があるのだ。

それでは、体感してください。

盲点を調べる手順」
画面と顔との距離を30cmくらい離し、左目を閉じる。
 右で、十字を注視する。●は見えているはずだ。
 十字を注視しながら、顔を画面に近づけたり、遠ざけたりすると、●が消える距離がある。あら不思議!  その角度の位置に盲点がある。
 その距離で、顔を時計回りに回転すると●が見えてくる。

盲点の実験

今日もジョッギング中に見かけた。
子どもを助手席に立たせて、クルマを運転している(多分)。

何を考えているのだろうか? 何も考えていないのだろう。
自分が交通事故に遭遇したら、その子どもはどうなるだろう。
ダッシュボードに顔を打ち付けて、怪我で済めばまだいいだろうが、最悪な場合・・・

このようなイメージができないのだろう。
交通安全の世界では、「だろう」運転ではなく、「かもしれない」運転を心がけるようにと言われている。

大丈夫だだろうでは無く、危ないかも知れない。
この感覚、このイメージを持てれば、危険に出会う可能性は低くなる。

シートベルト着用や飲酒運転は法律で規制されており、違反すると反則金は罰金、減点となる。
「警察に捕まるから違反してはいけない。」という言葉をよく耳にするが、ここでも、本質が見えないでいる。

結局、彼らは考えていないのではなく、「考えられない」のだろう。このような大人は社会の危険を増殖している。
何とか防ぐ方法は無いものか、重要な社会問題である。
彼らの子どもが、彼ら以上になれるとも思えない。???

TVの画面で女子高生が「パネェ」と言っていた。
どうも、この言葉は「最上級」を表しているとのこと。

つまり、
はんぱでない → はんぱでねぇ → はんぱねぇ → ぱねぇ
と変化したようだ。

日本語最上級」と言われ、ふと思いついたことがあった。
自分が大学生の頃、今から20年以上も前になるが、同じクラブの仲間が言っていた。

南房総には、日本語でも比較級最上級がある。」
それは、「てっぱつ」、「すてれっぱつ」だと。
これらは大きさを表しているとのことで、より大きい、最も大きいと教えられた。

そのときは、適当に流していたが、今思い返してみると、彼は勝浦出身であったので、もしかすると漁師言葉かもしれない。

自分の生活に密接に関係し、非常に重要な対象には、このような比較級最上級に相当する言葉が生まれてもおかしくない。
日本語比較級最上級調査も面白そうである。
今日の朝日新聞の記事で初めて知った。

携帯電話の「人口カバー率」の定義とは、市町村役場のある場所で携帯が快適につながればカバーとなっているそうだ。
これで、つながり難さの理由が明確になった。

携帯各社の人口カバー率は、ほぼ100%なのに、民家があってもつながらない、または非常につながりにくい場所は多いものだ。

このような状況の中、「番号持ち運び」制度の実施に向け、各社は真のカバー率100%を実現するために、基地局を大量に建設するそうだ。

便利になるのはいいが、結局は通話料金等、消費者の負担になるのだから、バランスは難しい。
自分は余り携帯を使わないので、料金が上がるのはいただけない。どうかな?
何年ぶりだろうか?
近くの山へと向かったのは。
標高555mで山歩きには手ごろな山である。

最近、机に向かい、本を読んだり、パソコンに向かうことが多いためか、肩が凝る、眼が痙攣するなど身体が弱音を吐いていた。
自然のなかでリフレッシュしようと思い立ち、午後から突然の山歩きであった。

ふもとの登山口にある駐車場までクルマで行き、呼吸を整えてから歩き始めた。山に入ると頭上には木々が生い茂り、駐車場での暑さとは正反対の涼しさを感じた。
この涼しい山道を徐々に登って行くと、5分もしないうちに身体の表面にはがにじんで来た。久しぶりの山歩きであったため、登り始めに少し飛ばしすぎた。

さすがに、午後から登り始める人は少なく、逆に下山する人たちは多いので、「こんにちは」・・・の連発となった。最後には、「・ちは」となっていた。

ペースが速く、ばて気味であったためか、空気のうまさを感じることもできずに、参道(実は、頂上にあるお寺に通じる参道でもある)を登りきった。さらに、そこから景色の良い頂上を目指し、歩き始めから1時間弱で到着した。

頂上での風景は、180°近くが海岸線で、反対側は山々である。自然の雄大さを感じた。天気もよく絶景であった。海岸付近には小さな島が点在していた。そこにも民家が点在し、生活感があった。いままで見たことがある風景であったが、何か新鮮な気分にさせられた。
水筒の冷たい麦茶を半分だけ飲み、を拭いてこの景色をあとにした。

あとは下るだけ、とにかく下りは速い。足の裏が地面にぴたりと張り付く地形を選びながら、とにかく駆け下りた。
下りの時間は約30分、登りの半分であった。

リフレッシュするつもりが、ウォーキングよりも速いペースでの山歩きとなり、結局身体はリフレッシュできなかったのかも?
とは言っても、一人でのきままな山歩きは心がリフレッシュできる。
また、行ってみよう!