人生いろいろ、何でも見てやろう、やってやろうの精神で、気の向くまま、思いつくままの、気ままな自己雑記帳
今日もジョッギング中に見かけた。
子どもを助手席に立たせて、クルマを運転している(多分)。

何を考えているのだろうか? 何も考えていないのだろう。
自分が交通事故に遭遇したら、その子どもはどうなるだろう。
ダッシュボードに顔を打ち付けて、怪我で済めばまだいいだろうが、最悪な場合・・・

このようなイメージができないのだろう。
交通安全の世界では、「だろう」運転ではなく、「かもしれない」運転を心がけるようにと言われている。

大丈夫だだろうでは無く、危ないかも知れない。
この感覚、このイメージを持てれば、危険に出会う可能性は低くなる。

シートベルト着用や飲酒運転は法律で規制されており、違反すると反則金は罰金、減点となる。
「警察に捕まるから違反してはいけない。」という言葉をよく耳にするが、ここでも、本質が見えないでいる。

結局、彼らは考えていないのではなく、「考えられない」のだろう。このような大人は社会の危険を増殖している。
何とか防ぐ方法は無いものか、重要な社会問題である。
彼らの子どもが、彼ら以上になれるとも思えない。???